大判例

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東京地方裁判所 平成6年(ワ)16465号 判決

原告

有限会社エー・エー・ワン

右代表者代表取締役

山﨑正昭

右訴訟代理人弁護士

玉利誠一

原告補助参加人

株式会社モーターマガジン社

右代表者代表取締役

林義紘

右訴訟代理人弁護士

江川滿

被告

株式会社光輪モータース

右代表者代表取締役

若林久治

右訴訟代理人弁護士

西川茂

土谷修一

主文

一  被告は、原告に対し、金二五七一万六六〇〇円及びこれに対する平成六年九月二日から支払済みまで年六分の割合による金銭の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、広告代理店である原告が、被告からオートバイ雑誌広告を掲載する注文を受けて、これを履行したのに、広告掲載料等を支払わないとして、これを請求したのに対し、被告が、その広告掲載誌を発行する原告補助参加人(以下「参加人」という。)が、その掲載誌の発行前に被告のライバル会社にその広告内容を漏洩し、これによって損害を被ったので、その賠償金と広告掲載料とを相殺したと主張した事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  原告は、広告宣伝の企画及び代理業務を事業目的とする有限会社であり、被告は、オートバイ及びオートバイ用品の販売並びに輸入を事業内容とする株式会社である。

2  原告は、被告から、次のとおりの契約日に、オートバイ及びオートバイ用品の広告を次のとおりの雑誌及び頁数で掲載する注文を受け、その掲載を完了し、雑誌は各発売日に発売された。広告掲載料金は、それぞれ次のとおりの額(消費税を含む。)とすることが合意された。

掲載契約日 雑誌名

広告頁数 広告掲載料

平成五年一一月二九日

オートバイ誌二月号

二〇頁 七七六万九〇〇〇円

(内消費税二二万六二〇〇円)

発売日 同年一二月二八日

同年一二月一三日

ミスターバイクBG誌二月号

二頁 六五万九二〇〇円

(内消費税一万九二〇〇円)

発売日 平成六年一月一四日

同年一二月二七日

オートバイ誌三月号

一八頁 六八六万二三〇〇円

(内消費税一九万九八〇〇円)

発売日 平成六年二月一日

平成六年一月一四日

ミスターバイクBG誌三月号

二頁 六五万九二〇〇円

(内消費税一万九二〇〇円)

発売日 同年二月一四日

同年一月二四日

バリバリマシン誌四月号

二頁 五七万六八〇〇円

(内消費税一万六八〇〇円)

発売日 同年二月二四日

同年二月一日

オートバイ誌四月号

一八頁 六八六万二三〇〇円

(内消費税一九万九八〇〇円)

発売日 同年三月一日

同年二月一日

MFJライディング誌三月号

二頁 六一万八〇〇〇円

(内消費税一万八〇〇〇円)

発売日 同年三月一日

同年二月七日

モトチャンプ誌四月号

二頁 一一一万二四〇〇円

(内消費税三万二四〇〇円)

発売日 同年三月六日

同年二月七日

ラ・モト誌 四月号

二頁 五九万七四〇〇円

(内消費税一万七四〇〇円)

発売日 同年三月六日

3  参加人は、被告がオートバイ誌四月号に掲載を予定している広告(以下「本件広告」という。)の校了紙を、雑誌発行前の段階で株式会社カドヤ(以下「カドヤ」という。)に開示した。

4  被告は、平成七年九月一八日の本訴第一三回口頭弁論期日において、原告の本訴請求債権と、右3の本件広告の開示によって被告が被ったと主張する損害を賠償すべき債権とを対当額をもって相殺すると意思表示した(弁論の全趣旨)。

二  争点

参加人が、本件広告をカドヤに開示したことによって、被告は損害を被ったか。その被害は、参加人の故意又は過失によるものであるか。被告は、その損害を賠償すべき債権をもって、原告の本訴請求債権と相殺することができるか。

三  被告の主張

1  原告は、被告の広告部門の媒介代理商という地位にあり、本件広告契約における原告と参加人との関係は、取次(準問屋)というべきである。すなわち、原告は、被告のために継続的に広告掲載の媒介を自己の名をもって、しかし、被告の計算において行い、参加人との間に広告掲載契約(委任、準委任又は請負)を締結したきたものである。

2  代理商は、単に多数の個別的行為の処理をする義務を負うのみではなく、本人(被告)の営業のために配慮すべき不断の義務を負っており、広告内容を秘匿することもその債務の内容となっていると解すべきである。

したがって、準問屋である原告は、参加人に、被告の広告の内容を秘匿させる義務を負う。また、参加人は、被告に対しては、原告の履行補助者的立場にあるから、参加人の秘匿義務違反行為によって被告が損害を受けたときは、原告は、その履行補助者の過失として、被告に対し、債務不履行の責任を負う。

3  取扱広告社である原告又はその履行補助者である参加人は、その取扱広告を明らかに他人の権利を侵害するものと判断することができるのであろうか。仮にそれが不良広告に当たるとしても、それは雑誌広告掲載基準を制定している日本雑誌広告協会内の倫理委員会が、「倫理委員会の雑誌広告審査要項」に従って、自主規制を求め、若しくはその不良広告の取扱拒否又はその広告表現の改善を勧告すべきものであって、広告会社等が当該広告の内容などを広告主の競争会社に事前に通報することが許容されるものではない。

4  平成六年三月当時のカドヤマークの革ジャンパーは、広く市場に流通しており、被告は正規のルートからこれを仕入れて販売していた。被告は、その頃カドヤから商標権の侵害を理由として当庁に販売差止めの仮処分を申請されたので、その審尋期日である平成六年七月七日カドヤと裁判上の和解をし、以後当該商品の販売を中止することとした。被告の取り扱ったカドヤマークの商品はその品質においてカドヤの販売する商品と同等以上のものであり、被告は、それが例えコピー商品であったとしても、そのことを知らなかったし、知ることができなかった。

5  広告内容が事前に漏洩されるという事態が危惧されることとなっては、原告と被告との間の信頼関係は失われたといわざるを得ないから、被告は、平成六年二月二四日付けの書面をもって原告に対し、継続的広告取次契約を解除する旨通知した。

6  参加人の発行する雑誌「オートバイ」は、業界随一の発行部数を有するものであり、被告は、原告を通じて三十年余にわたり同誌に大量の広告を掲載し、これによる宣伝効果は被告の営業に資するところが大であった。この掲載中止によって被告の被った損害は、次のとおりである。

(一) 平成六年四月以降における被告の商品売上の減少による損害

被告の通信販売による平成六年度の売上高の推計額は、別表(一)の(2)「平成6年度推計額」欄記載のとおりであり、これから同表(3)の「平成6年度」欄記載の同年度の実績売上額を差し引くと、同表(4)の「比較減少額」欄記載のとおり一億六〇五三万八六九五円が売上減少額となる。

被告の通信販売部の内部実績によると粗利は約四〇%、純利一〇%強となっているので、右売上減少額中少なくとも一〇%相当額の一六〇五万三八六九円は、原告の債務不履行によって被告の被った損害である。

(二) 損害発生の抑止のための経費増加による損害

被告は、右広告掲載中止にともなう損害の発生を抑制するために、「スーパーコングスクラブ」というパンフレットをダイレクトメールとして顧客に送付することとした。これは、平成六年六月一日に第一号を発行し、以後隔月に発行してきている。第四号発行のため要した経費は、別表(二)のコングスクラブ広告経費一覧表記載のとおり三六九三万五三〇〇円である。これに第一号から第五号までの各誌の発行のため要した経費を各頁数によって按分して算出し、加算すると、合計一億五七七二万三七一四円となり、これに一部につき二七〇円を要するダイレクトメール発送費二万五〇〇〇部五回分合計三三七五万円を加えた額が費用の総額である。

一方被告は、別表(二)のマガジン社広告経費一覧表記載のとおり平成五年度において合計一億七四三四万八四八〇円の「オートバイ」誌関連経費を支出しているから、平成六年四月から平成七年三月までの間もほぼこれと同額の広告経費を要したものとみるべく、その広告掲載を中止したことによって同額の経費支出を免れたこととなる。

そうすると、被告は、本件広告掲載中止に伴う損害発生の抑止の為の経費として、一七一二万五二三四円の損害を被ったこととなる。

(三) 損害額

以上によれば、被告は、右(一)及び(二)の各損害額の合計三三一七万九一〇三円の損害を被ったことになる。

7  被告は、平成七年九月一八日の本訴第一三回口頭弁論において、この損害額の金銭とこれに対する履行期後の平成七年四月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金と原告の本訴請求債権とを対当額をもって相殺する旨の意思表示をした。

四  原告及び参加人の主張

1  本件広告に掲載された商品のうち三点は、明らかに贋物である。被告は、ライダー用革ジャンパーについては専門的知識を持ち、カドヤの商品を扱っているから、この三点が贋物であることを知っていたはずである。被告が贋物を販売することは、商道徳上許されない上にカドヤの商標権を侵害し、ユーザーに対しても安価な贋物を販売して損害を被らせることになる。

2  出版社は、その広告の内容となっている商品が贋物であることを知りながらこれを掲載すれば、広告主の違法な行為に加担することとなるから、その疑いのある広告については、調査する権利があり、義務がある。本件では、参加人はカドヤからの現物を示された説明によって、広告の商品が贋物であることが明らかとなったこと、及び当時版の製造が完了し、校了紙の出た段階で、緊急に結論を出すべき状況にあったことから、校正紙をカドヤに見せたものである。違法な広告について権利者などから確認を求められた場合において、出版社の守秘義務は存在せず、参加人又は原告の債務不履行や不法行為の事実はない。

3  原告と参加人は、被告に対しコピー商品の写真の変更を要求したが、被告代表者が強硬に拒否したため、結局一切変更なく広告が掲載された。被告が「オートバイ」誌への広告を全面的に中止せざるを得なくなったのは、被告が広告掲載料を支払わないため、原告が広告掲載業務を拒否したことによるものにすぎない。

第三  争点に対する判断

一  商標権を侵害した者は、五年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金に処することとされている(商標法七八条)。雑誌発行者が、その発行する雑誌に掲載すべき広告が商標権を侵害することを知りながら、これを掲載した場合には、当該発行者は、広告主と意思を通じていると認められれば共犯として処罰されることがあり得るし、何より、商標権を侵害する広告を掲載すれば、商標権者のみならずその広告を信じてその対象となった商品を購入する一般消費者にも損害を与えることになり、その雑誌は一般に非難の的ともなろう。したがって、雑誌発行者としては、その雑誌の発行前に、そこに掲載予定の広告に商標権を侵害する疑いのあるものがあるとの申し入れを受けた場合には、その事実の真偽を調査し、真実である場合には、然るべき措置を講ずることができるものというべきである。

本件広告に含まれているカドヤ製とするいずれも皮革製のジャケット、ベスト又はパンツの中にカドヤの商標権を侵害する商品のあったことは、この広告をきっかけとしてカドヤ等から被告を債務者として提起された仮処分事件において被告が、カドヤの商標又は標章を付した皮革製洋服(カドヤ製造のものを除く。)を仕入れ、販売し、若しくは販売のために展示し若しくは広告しないこと、被告がカドヤの商品名の皮革製洋服(その中には本件広告に掲載された分がある。)で、カドヤの商標または標章を付したもの(カドヤ製造のものを除く。)を販売した場合には違約金を支払うことを含む和解条項をもって裁判上の和解を成立させていることからして明らかである(乙四の四、乙六)。

被告は、商標権を侵害する事実を知らなかったという。しかし、商標権の侵害という結果及びこれに伴う被害は、これを侵害する者の知不知を問わず生じるものである。

二  証人藤谷俊夫の証言によれば、次の事実が認められる。

1  カドヤは、独自のルートから、被告がカドヤの商標権を侵害する商品の広告を「オートバイ」誌の平成六年四月号に掲載するという情報を得て、同年二月一〇日参加人の内藤部長にその広告掲載について検討すること及び警告文を掲載することを申し入れた。

2  被告の広告は、直接原告から印刷会社に廻るため、参加人の社員は校正の段階にならなければその内容を承知できないシステムになっている。参加人の藤谷らは、同月一五日に本件広告の校正を見た。

3  同日カドヤの社長、企画室長及び弁護士が参加人方を訪れ、参加人の担当者と協議した。その際、参加人の内藤部長が、カドヤ側に本件広告の校正刷を見せたところ、カドヤ側では、本件広告に、数点についてカドヤの商品ではないのに、カドヤ製とされているものがあり、カドヤの商標権を侵害しているからその広告を修正して欲しいとの要望があった。

4  参加人においては、その協議の結果を踏まえ、被告に対し、本件広告の修正を依頼したが、拒否され、結局本件広告は何ら修正が加えられないまま発行された。カドヤ側は、警告文を載せるよう要望したが、参加人は、一方の肩を持つことはできないとしてこれを断った。

三 商品を販売する者が雑誌に掲載させる広告には、販売する商品の種類や価格等、競争店に事前に知られると不都合な内容が盛られることがあり得るから、雑誌発行者としては、雑誌発行前に広告内容を他に洩らすべきではないという職業上の義務を負っているというべきである。しかし、右認定の事実によれば、参加人としては、その発行しようとしている雑誌に商標権侵害の疑いのある広告が掲載されようとしているとのカドヤからの申し入れを受けたため、その広告に真実商標権を侵害する点があるかどうかを確認して貰うため、当該広告の校正刷をカドヤ側に示したのであり、このような行為は、前記のとおり、違法の疑いのある広告を掲載するべきではないという雑誌発行者の義務を尽くすために行われたものというべきであって、このような調査義務は、広く一般消費者の保護につながる点において、広告内容の守秘義務に優先するものというべきである。

そして、前認定のとおり、本件広告には、真実カドヤの商標権を侵害する商品の宣伝が含まれていたのであって、参加人がその校正刷をカドヤ側に示したことによって、カドヤは、その広告の掲載に対抗した法律的手段を適時に採ることができ、その結果前認定の裁判上の和解の決着をみるに至り、一般消費者に無用の混乱を招くような結果を回避できたのである。

四  そうすると、参加人が本件広告掲載について採った行為は、これによって被告代表者の信頼を揺るがせたとしても、雑誌発行者として当然採るべきものであって、雑誌広告を掲載し、発行することを委託された者の委託者に対する義務に反するものとはいえない。したがって、そのような義務に違反することを理由とする被告の損害賠償債権による相殺の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

第四  結論

以上によれば、原告の請求は理由があるから、これを全部認容すべきである。

(裁判官中込秀樹)

別表一・二〈省略〉

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